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揺らぐ教育、重層的な精査が必要

予てから教育は国益に直結するものであるということを述べてきた自身にとって、教育の見直しという安倍政権の掲げる教育改革に期待を寄せていたのですが、桜宮高校の一件があってから、何やら進むべき方向が少しズレて議論されているように思えてなりません。

本件に至っては、繰り返しますが体罰ではなく暴行傷害事件に匹敵する事案であり、体罰の是非を問うべき内容ではないにもかかわらず、愛の鞭的な熱血指導そのものを封印せしめんと思惑めいた流れが漂っていることに違和感を覚える方も少なくないはずです。

度重なる会見で橋下市長も体罰は絶対に許されるべきではない!との見解を示しておりますが、やはり弁護士の発想なんだなぁって…

ま、テロ行為を聖戦だと言い放っている人たちと同様に意識欠如を自覚しないままに教職は聖職と大きな勘違いをしている教員が未だに蔓延っている現場で、真に生徒を正そうとする思い、我が子を叱るように厳しい試練を課すときの気持ちでなされた行為の全てが否定されてしまって良いのでしょうか?

もう一つ、学校問題として頻繁にクローズアップされてきたイジメ問題。

そのイジメの大半は、小中学校で繰り返されており、高校、大学と進むにつれ激減しているのは、自由意志の選択範囲が拡大するからと考えられております。

問題の解決の良否は別にして、自主退学という逃げ道が、最後の一線を超えることのない防波堤の役割を担っているといえるでしょう。

そして、防波堤の及ばない範囲を今度は法案を成立させて保護しようと与野党の協議も始まっているようですが、何かあると即座に法律に委ねる等、この体質こそが依存症候群の温床になっているのでなかろうか?と思えてならないのですが…、人としての常識というものを条文化しなくてはいけない社会ってどうよ?って情けなく思います

話を体罰に戻しますが、学校という部分社会を形成する一部の領域で、体罰=悪ということで片付けてしまうということは、その部分社会において死刑はおろか刑罰のない社会にも似た状態を容認するかのことであり、ただでさえ責任を取ることを恐れ、支え合うではなく、もたれ合うことを是とした、事なかれ主義社会に傾きつつある今、それを助長するような教育を看過できるわけがありません。

何も、一方的に体罰を容認するべきであると言ってるつもりはありません。

教育的指導(愛の鞭)なのか、ただ単に暴力ということになるのかは、相互の人間関係に依拠するところが根底にあるはずで、見識者が定義づけたり、無理やり線引きしたりするような問題ではないのではないか?ということです。

愛知県でも、行き過ぎた体罰が次々と発覚して大問題になっておりますが、表層的に取り上げられていることだけを見て、一時の感情に流されることの内容に願うばかりです。

マーケットの前に、いよいよ今週末に開催されるimagesCAG8NGL3.jpgについて告知させて頂きます。

世界を知る絶好のイベントであり、日常の暮らしが、どれほど幸せであるかを実感できるイベント…
そんな、一大イベントが開催されます。
詳しいことは、コチラからどうぞ。

で、マーケットですが、動きとしては、10,900円を挟んでの展開になりそうですね。

個別銘柄では、多くの企業が市場予想を上回ることが見込まれている中、中国関連株と呼ばれる銘柄だけは上値が重いという傾向のようで、何かしらのことを示唆しているのでしょう。

テクニカルも捉えきるには、天賦じみてますし、ファンダメンタルも考え方一つで、流れを見誤る可能性もある中で、何とか次のシナリオを考えなければならないというプチ過渡期って感じです。

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.30 2013 報道関連 comment0 trackback0