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だから必要になってくるリテラシー

趣味を尋ねられたら「読書」って、ありきたりなことを返してしまう人間にとって、書籍、活字離れが進んでいるといったことが伝えられることをどうにも理解に苦しいところがありますが、この活字離れが予期せぬ危機を招くことになりかねないということにつて考えたいと思います。

漢字や単語、ことわざを調べる上で、どのようなツール、方法を用いても導かれる答えに大差が生じるものではありませんが、世間で起きている事象や未来、将来の予測、その他、あるものに対しての価値観ということを調べようとする際、何を利用するかで得られる答え、情報は全く異なったりするものです。

顕著な例として新聞のチョイスであるということはご承知のことと思いますが、読書を好まない方が調べモノをするにあたって選択する書籍は、おそらく1冊ないし2冊というところでしょう。

そうなりますと、ある事柄に対して白紙の状態から、その書籍の活字だけがインプットされた後、受け売り脳が形成されていくこととなり、情報が偏る傾向とともに思考力の低下に結び付いていくことになります。

例えば、健康管理について学ぼうと書店を覗いてみたら、モイストヒーリングのすすめ、医者に頼らない生き方といった感じの書籍に対して、早期診断、早めの受診で生涯健康というように健康管理についての考え方が全く違う視点で捉えられたものが平積みされていたり、原発関連の書籍、憲法改正からダイエット本まで、ありとあらゆる分野において、相反する主張により誘引する構成で記されていたりします。

中には、虚偽に限りなく近いものや超拡大解釈から幻想ではないのかと疑いたくなるほど誇張されたものも決して少なくないというのが表現の自由が保障されている我が国の現状だといえます。

然るに、知識の乏しい事柄について学ぶ際、どの本を手にするか?ものすごく重要になってきます。

読書くらいしか趣味のないような人間からすれば、何かを学ぼうとするときには、必ず、対峙する見地で記されている書籍に加え、その関連本を4~5冊、目を通すようにしております。

そこで、両論を比較、分析、咀嚼していくことで、自分なりの考え方というものを醸成することが可能となり、他者からの質問に対しても迷いなく自論を述べることができるのだと…

顕著な例に新聞と申しましたが、昨今の大きな課題については、横並びの記事というよりも新聞社がどういうスタンスか?どの視点に立脚しているのか?非常に分かりやすくなってきており、記事の一部ではありますが、M新聞やA新聞は、もはや新聞の体をなしていないほど凋落した文脈でレジティマシーの欠片もない記事も散見され、聖教新聞や赤旗、北の大地の極左新聞、遠く離れた沖縄の核マル新聞と肩を並べるほどのレフト依拠ぶりです。

出鱈目も活字にすれば、それなりに説得力が増すとでも考えているのかどうか知りませんが、こうしたことも活字離れを加速する原因になっているのでしょう。

自分の頭で考えるという癖をつける意味でも、クソのような、シンパシーを感じないものも含めて、より多くのものに目を通して、リテラシーの向上に努めていくことが望まれるところですね。

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.21 2014 報道関連 comment4 trackback0

comment

レインボウ
はじめてコメントさしあげます。
お邪魔いたします。

読書の仕方って言ったらアレですが、
アタシが常々二人の娘(高校生)に言っていることと、内容が似ていまして、びっくりしました。

数種類の意見を咀嚼してから自分の意見をつくっていくこと、一冊の本だけで決めないこと、ということなんですが・・・。

嬉しくてコメントしてしまいました。
失礼しました。
2014.07.21 21:27
bun
コメントありがとうございます。

レインボウ様も既にお気付きのことかと思われますが
例えば、1年前に読んだ書物を読み返したときに
印象、感想など全く違ったりすることがあります。

それこそが成長であり、自身の中に哲学が醸成されゆく
過程であるということだと…

拙い内容でございますが、共感頂けたこと嬉しく存じます。

ありがとうございました。


> はじめてコメントさしあげます。
> お邪魔いたします。
>
> 読書の仕方って言ったらアレですが、
> アタシが常々二人の娘(高校生)に言っていることと、内容が似ていまして、びっくりしました。
>
> 数種類の意見を咀嚼してから自分の意見をつくっていくこと、一冊の本だけで決めないこと、ということなんですが・・・。
>
> 嬉しくてコメントしてしまいました。
> 失礼しました。
2014.07.22 04:42
ウナ
私はすべてに自己の
『渋柿理論』を用います
『変』は必ず露見致します
おっちょこちょいの「あわてんぼ」でありますが
毎晩寝る前に立ち止まり
これでいいのかと自分に訊きます
酔いつぶれた夜は
次ぐ日の寝起き時にです
貴方が言うように
同じ書籍でも
時空を超えれば受け方が異なります
これは『何』が変わったのでしょうか
印刷された無機物は自らは「変われません」
だとしたら変ったのは『私』です
私は問題に直面すると
(不渡り手形などがが発生したら)
じー様だったら、母だったら父だったら
どのように対応したか?と考えます
父はいつも『てめえで考えろ』といいました



自分で考え答えを出しました、いつも
先人様はあり難い
私のしくじりにはいつも
『ほれ見たことか』というあり難い言葉がありました
なにくそ!
負けてたまるか!でやんす
今日の我に明日は勝つであります。
2014.07.22 14:59
bun
ウナ様、いつもありがとうございます。

毎度の事ながら心理描写に長けていますね。

「ほれ、見たことか」ですか~、実に面白いです。

苦労も含めた日々の経験に無駄なことなどないってことでしょう。

恥ずかしながら、この歳になって先を生きた人の
賢明な選択、知恵など感銘するばかりであります。

『物皆は新たしきよしただしくも人は古りにしよろしかるべし』


日々、精進いたします。


> 私はすべてに自己の
> 『渋柿理論』を用います
> 『変』は必ず露見致します
> おっちょこちょいの「あわてんぼ」でありますが
> 毎晩寝る前に立ち止まり
> これでいいのかと自分に訊きます
> 酔いつぶれた夜は
> 次ぐ日の寝起き時にです
> 貴方が言うように
> 同じ書籍でも
> 時空を超えれば受け方が異なります
> これは『何』が変わったのでしょうか
> 印刷された無機物は自らは「変われません」
> だとしたら変ったのは『私』です
> 私は問題に直面すると
> (不渡り手形などがが発生したら)
> じー様だったら、母だったら父だったら
> どのように対応したか?と考えます
> 父はいつも『てめえで考えろ』といいました
> ・
> ・
> ・
> 自分で考え答えを出しました、いつも
> 先人様はあり難い
> 私のしくじりにはいつも
> 『ほれ見たことか』というあり難い言葉がありました
> なにくそ!
> 負けてたまるか!でやんす
> 今日の我に明日は勝つであります。
2014.07.23 00:08

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