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その時に誰を納得させらるかが鍵

本当のところ、国民の意識の中にどれだけ関心があるのか分かりかねることの多い集団的自衛権行使という問題、実際、反対派の主張に形振り構わない極論が多いこともあり、そういったことから本質を見えにくくしているように感じます。

確かに「歯止め」という点が明確でない故の不安は残るのでしょう。

ま、そのことについて集中審議が設けられはしましたが、何から何までと厳密に線を引いてしまうと開示してしまえば、それを逆手にとることが可能になってしまうといった恐れがあります。

当たり前のことですが、最も重要なことは、侵略戦争はしないということであり、本来、主権国家であれば当然に認められている自衛権の範囲を逸脱するようなことが無いことを示すことだと思われます。

次に、憲法という国家権力を拘束できる唯一の手段、そしてそれが国民のためのものと考えている多くの人たちは挙って、憲法を解釈で変更するなど許されないと口にします。

しかし、勝手な解釈が許されないというのであれば尚更のこと反対の理由にはなりません。

日本は国連に加盟しており、国連憲章で定められた自衛権が認められた国家であります。

それを集団的自衛権という権利は保有しているが、日本国憲法において行使できないと解釈してきたという経緯を忘れたわけじゃないでしょう。

正しく、日本の憲法が国際社会を優越して、勝手な解釈を行ってきたというのが現実です。

言ってみれば、本来の姿に立ち戻る、否、やや近づきつつあるという段階でしかありません。

ちょっと余談になりますが、脱法ハーブ吸引による悲惨な事故が後を絶たず、名称の与える印象から違法性が阻却され問題ないように受け取られているといった懸念から、新しい呼び名を募集しているそうですが、効果の有無は軽微なのかもしれませんが、薬物そのものは何ら変わらずとも言葉の印象で行動に変化が生ずると考えるのは妥当なことでしょう。

そこで、集団的自衛権の議論の核である武力行使という単語の響き、専門家ならいざ知らず、一般的に受ける印象として戦闘行為に準ずるイメージがあるように思えてなりません。

ここは、危険回避責務行為、セーフティーヘルプ、国際的正当防衛というように然るべき行為であるといった印象の呼び方に変更すれば良いのではないかと…

もっと言うなら、集団的自衛権という集団的の部分、どうも群れを連想させてしまう印象のため、ここも相互自衛権、協調的自衛権などに差し替えて、否定しにくい単語を用いれば、世論調査によるノンポリの人たちの回答に変化が生じるかもしれませんし、そうであるのならやっぱり中身についての理解は浸透していなかったことが証明されるでしょう。(笑)

マーケットは、続落していたかと思うと瞬く間に2日続伸で元の水準まで戻すという底堅さですが、少し気になるボリュームの少なさに目を瞑って、今から仕込むという選択もありなのかも…

米株が最高値を更新している中、日経平均のこの水準で思案するというのは、無意識に侵されたデフレ思考が定着してしまっているのでしょうか?

次の消費増税のことを考えると昨年末の16,291円を目指す動きも視野に入れながら、予算割り当てとこの先の決算を睨みながら個別の物色ということになりそうですね。




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.16 2014 政治・政策関連 comment2 trackback0

comment

うさぎ屋
こんにちは。

仰るように、言葉の問題としてヘンですよね。法律・政治・軍事用語で一般国民はわかりづらい面があります。

私は交戦権と自衛権(個別・集団の区別ない)でいいと思います。駆けつけ警護、アメリカのために戦うといった義務的なものではなくて、これらは主権国家として当然の権利でしょう。
主権国家であって、集団的自衛権行使はできない、というのも文章としてヘンですし、国民には主権があって、国家には主権がない、と言っても誰も納得はできないはずなのですが、それで満足している輩、いや、ちょっとボケた方々、左巻き、(・・・ああ、何と言おうとしても尊敬語がでてきませんが、)そのようなおめでたい人たちがおられるようです。
2014.07.16 14:37
bun
コメントありがとうございます。

本当におめでたい人が多いと感じます。

そもそも戦後、改憲なくして現在のような状態に至っていることもあり、
所詮は道理とは言い難く、その上で仮定に基づいた質疑が繰り返されているのですから
いくら議論を尽くしても同じことだと思われます。

集中審議が2日では足りないとか言っているようですが、
1年あっても2年あっても大きな違いがでることなどないでしょう。

しかし、これからは特に基本的に無関心なのに空気感で流される人が
如何に多いかを考えていかなくてはなりませんね。

だって左巻きは壊れていて修理不能ですから…(笑)

> こんにちは。
>
> 仰るように、言葉の問題としてヘンですよね。法律・政治・軍事用語で一般国民はわかりづらい面があります。
>
> 私は交戦権と自衛権(個別・集団の区別ない)でいいと思います。駆けつけ警護、アメリカのために戦うといった義務的なものではなくて、これらは主権国家として当然の権利でしょう。
> 主権国家であって、集団的自衛権行使はできない、というのも文章としてヘンですし、国民には主権があって、国家には主権がない、と言っても誰も納得はできないはずなのですが、それで満足している輩、いや、ちょっとボケた方々、左巻き、(・・・ああ、何と言おうとしても尊敬語がでてきませんが、)そのようなおめでたい人たちがおられるようです。
2014.07.16 18:18

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